大王製紙元会長、井川意高の衝撃告白 - 『熔ける』106億円をカジノで溶かした男
この記事を書いたライター
田中 真佐夫 (たなか まさお)
年齢: 55歳 職業: 大学教授(文学部)
カジノに消えた106億円と地獄の釡の蓋
「創業家の会社は3代目までしかもたない」。井川意高氏が幼少の頃、祖父から聞かされた言葉である。大王製紙創業家の御曹司として生まれ、エリート街道を歩み、若くして社長の座に就いた彼の人生は、まさに順風満帆に見えた。しかし、カジノという魔物が彼の人生を狂わせていく。本書『熔ける』は、大王製紙元会長、井川意高氏が自らの人生を赤裸々に綴った衝撃の告白録である。
カジノの底なし沼へ - 栄光から転落までの軌跡
2013年に双葉社から出版された本書は、井川氏がカジノにのめり込み、子会社から106億円もの巨額資金を借り入れて破滅していく様を克明に描いている。幼少期のエピソードから、東大時代、大王製紙入社後の仕事ぶり、そしてカジノへのめり込みと逮捕、そして獄中生活まで、赤裸々な告白は、読者を否応なしに井川氏の心の闇へと引きずり込んでいく。
「脳が叫ぶ」 依存症のリアルな恐怖
本書で特に印象的なのは、井川氏の冷静な自己分析である。彼は自身のギャンブル依存症を認め、「脳が叫ぶ」「金銭感覚を狂わせる」といった表現を用いて、カジノという魔物の恐ろしさを生々しく描写している。同時に、仕事に対する真摯な姿勢や、部下とのコミュニケーションを重視する経営スタイルも垣間見え、複雑な人間像が浮かび上がってくる。
仕事の鬼、そしてカジノの虜 - 光と闇の二面性
本書の魅力は、井川氏の複雑な人間性を浮き彫りにしている点にあるだろう。彼は、経営者としての手腕を持ちながらも、ギャンブル依存症という心の闇を抱えていた。その葛藤が、読者の心を揺さぶる。特に、仕事に対する厳しさと、プライベートにおける脆さの対比が鮮明だ。
例えば、井川氏は部下との会議で「徹底的に」「とことん」といった抽象的な言葉が出たときには、容赦なく具体性を求めたという。
キミのところの東京営業部は、東京営業部にしかできない仕事をやっているのだろう? A社にしろB社にしろC社にしろ、取引先にはそれぞれみんな名前がついているよね。会社の考え方も購買の仕方も、必要としている品種もそれぞれみんな違う。
それらの顧客にどう営業をかけていくのかを明確にするのが部長の仕事なのに、やれ『がんばれ』だの『徹底的にやれ』とばかり言っていても仕方がない。スタンドで応援している野球ファンじゃないんだ。あなたは少なくともマネージャーであり、監督でしょう? このチームで何を遂行するのかというサインを明確に出さなければ、現場は動きようがない。キミの部署から数字が上がらないのは、ほかならぬキミ自身の責任だ
「ビジネスにおいては、必ず数字を重視しなければならない」という彼の信念は、経営者として当然のことではあるが、時として冷酷なまでに映る。しかし、それは彼が結果を出すことにこだわり、妥協を許さない厳しい姿勢の表れでもあった。
その一方で、カジノにのめり込んでいく様子は、まるで別人のようだ。
「よっしゃ! 」
「井川さん、また来ちゃいましたよ。どうしたんですかね? これって、ギャンブルにおける典型的なマジック・モーメントですよ」
「うん。そうかもしれないね。ここまで勝ちが込むことはめったにない。ツキが来ている」
ジャンケットのK氏と盛り上がりながら、さらに5分でも10分でも魔法の時間を引き延ばそうとする。金銭感覚が麻痺しているというよりも、ただひたすら高揚感に支配されてしまう。
このように、本書は井川氏の二面性を克明に描き出すことで、読者に深い問いを投げかけている。
あなたも他人事ではない? - 『熔ける』が突きつける人間の真実
本書は、企業経営者やビジネスマンはもちろんのこと、人間心理に興味がある人、そして人生の栄光と転落、そして再生という普遍的なテーマに関心を持つすべての人におすすめしたい一冊である。井川氏の告白は、私たちに人間の弱さと強さ、そして人生の脆さを改めて考えさせてくれるだろう。
そして、再生へ - 井川意高、第二の人生
井川氏は、 2016年に仮出所し、社会復帰を果たした。本書の文庫版には、新たに書き下ろされた「出所」の章が加えられ、彼が刑務所内で過ごした日々や、出所後の心境などが綴られている。彼の人生は、私たちに多くの教訓を与えてくれると同時に、これから始まる新たな章への期待を抱かせてくれる。