演歌という名の「創られた伝統」:戦後日本人の心を掴んだ歌謡史の真実 えっ、「演歌」ってそんなに新しいの? - 誰もが知るあのフレーズの意外な真実
この記事を書いたライター
田中 真佐夫 (たなか まさお)
年齢: 55歳 職業: 大学教授(文学部)
「演歌」をめぐる戦後秘史 - あの頃の熱狂が鮮やかに蘇る知的冒険
輪島裕介氏の著書『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』は、その誕生の秘密を、綿密な資料調査と鋭い分析によって解き明かしていく、非常に刺激的な一冊です。
「演歌は日本人の心」。このフレーズを耳にした時、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。哀愁漂うメロディー、こぶしを利かせた歌い方、そしてどこか懐かしく、古き良き日本の情景…。しかし、この一見自明に思える「演歌」というジャンル、そしてそのイメージは、実は戦後のある時期に、ある種の意図を持って「創り出された」ものなのです。
寺山修司、藤圭子、そして「演歌」 - 青春時代の記憶が呼び覚ます時代の空気
私自身、本書を読み進める中で、学生時代に熱中した寺山修司や唐十郎の作品、そして深夜ラジオから流れてくる藤圭子や青江三奈の歌声が、鮮やかに蘇ってきました。そして、それらの文化表現が、高度経済成長という時代の中で、若者たちが抱えていた閉塞感や疎外感と深く結びついていたことを、改めて認識させられました。
「演歌」はいかにして「日本人の心」になったのか? - 戦後日本人の精神史を解き明かす知的興奮
本書の特に優れている点は、「演歌」というジャンルの歴史を、従来の「日本人の心」という紋切り型の理解ではなく、戦後日本の社会状況や思想的潮流、そして音楽産業の構造変化といった、多角的な視点から分析していることです。
著者は、「演歌」という言葉が、明治時代の「演説の歌」から、昭和初期の「芸者歌手」の歌謡、そして戦後の「流し歌」や「股旅物」を経て、現在のようなジャンルとして定着するまでの複雑な変遷を、豊富な資料を駆使しながら丁寧に追っていきます。
「こぶし」も「唸り」も実は新顔? - 「演歌」の常識を覆す驚きの発見
本書で特に印象的なのは、現在「演歌」の象徴とされている「こぶし」や「唸り」といった歌唱法が、実は昭和30年代後半以降に浪曲師出身の歌手によってレコード歌謡に取り入れられた、比較的新しい要素であるという指摘です。
また、著者は、五木寛之の小説『艶歌』の一節を引用しながら、「演歌」とは「怨歌」である、つまり「庶民の口に出せない怨念 悲傷を、艶なる詩曲に転じて歌う」ものであるという解釈を紹介しています。
「演歌」好きも、そうでない人も必読! - 戦後日本を問い直す、刺激的な文化論
本書は、単なる音楽史の研究書を超えて、戦後日本人の精神史を深く掘り下げた、非常に示唆に富む一冊です。特に、戦後の大衆文化や思想に興味を持つ方、そしてかつて「演歌」に熱中した世代の方には、是非とも読んでいただきたい作品です。
「演歌」は今も進化し続ける
「演歌」というジャンルの成立過程を知ることで、私たちは、「日本人の心」というものが、決して固定的なものではなく、時代とともに変化し、また「創り出される」ものでもあることを、改めて認識させられるでしょう。そしてそれは、現在の「J-POP」や、さらにその先の未来の日本の音楽を考える上でも、非常に重要な視点を与えてくれるはずです。