都会の喧騒に疲れたあなたへ… - 『エミリの小さな包丁』 ページを開けば、潮騒が聞こえる。
この記事を書いたライター
山田 純 (やまだ じゅん)
年齢: 35歳 職業: 書店員
傷ついた心を包み込む、海辺の町の物語
『エミリの小さな包丁』(森沢明夫著、角川文庫)は、都会での生活に傷ついた25歳の女性、エミリが、15年ぶりに訪れた海辺の町で、祖父との暮らしを通して自分自身を取り戻していく物語です。
私を、私を赦してくれる、優しい時間
都会での辛い経験から心を閉ざしていたエミリが、祖父の作る温かい料理や、海辺の町のゆったりとした時間、そして個性的な人々との交流を通して、少しずつ自分自身を取り戻していく様子に、深く共感しました。
特に印象的なのは、エミリの心の変化が、料理を通して描かれている点です。
最初は魚の鱗すら落とせなかったエミリが、祖父から受け継いだ小さな出刃包丁を手に、魚をさばき、様々な料理を作り上げていく過程は、まさに彼女自身の再生と重なります。
五感を刺激する、珠玉の料理たち
例えば、エミリが心を込めて作った「カイワレのマコガレイ巻き」を、地元の漁師である心平さんが「んはっ、こりゃうめえ!」と満面の笑みで頬張るシーンは、読んでいて私まで心が温かくなりました。
そして、物語全体を彩る、美味しそうな料理の数々。
カサゴの味噌汁、サバの炊かず飯、黒鯛の胡麻だれ茶漬け…。
読んでいるうちに、私自身の五感までもが刺激され、まるで龍浦の潮風を感じ、エミリや祖父と一緒に食卓を囲んでいるかのような錯覚に陥りました。
心の奥深くに響く、祖父の言葉
印象的なのは、祖父がエミリに語る言葉の数々です。
「自分の存在価値と、自分の人生の価値は、他人に判断させちゃだめだよ。判断は必ず自分で下すことだ」
都会の喧騒に疲れ、周りの目に振り回されていたエミリにとって、この言葉はきっと心に深く響いたはずです。
この本を、あなたに。
人生に迷い、傷つき、逃げ出したくなるような経験をしたことのある人、
都会の生活に疲れ、心の安らぎを求めている人、
そしてもちろん、美味しいものが好きな人。
ぜひ、この本を手に取って、龍浦の優しい海風に吹かれてみてください。
きっと、あなた自身の小さな包丁を、再び手に取りたくなるはずです。